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皆さんは、紅茶緑茶のご先祖様は、一緒だと思われますか?
それとも違うと思われますか?

正解を申し上げましょう。・・・・・それは一緒なのです。

紅茶緑茶も同じツバキ科に属する”Camellia”のファミリーで、ご存知のように紅茶は発酵さす、緑茶は発酵させないという製法過程が違うだけなのです。

それでは、同じご先祖様がいつから、どうして分かれたのでしょうか???

ご先祖様の出身地は言うに及ばず、わが国に歴史上において偉大な影響を与えた中国、又は中国のすぐ南のインド東北部、アッサム地方をふくんだ広大な地域なのです。

中国、唐の時代に飲茶の習慣は広まり僧俗を問わず広くお茶が飲まれていました。次なる時代、宗の時代にも受け継がれ、この頃には今の点茶法と同じく、茶せんでお茶を点て飲まれていたのです。

さて、わが国にも縄文時代から茶ノ木は自生していたと言われますが、中国は宗の時代、留学僧、[栄西]が茶の種を持ちかえり、九州に植えました。

後、その茶種を 送られた京都高山寺、明恵上人により「栂尾の茶」として、そして、もっと広い茶園を求め、京都、宇治に茶園が開かれました。茶園の増加によりわが国における喫茶の風は時代と共に、武士、僧、貴族、商人と広まってゆきました。

又、留学僧、栄西は茶種のみならず、当時、宗の”喫茶法”も身につけて帰り、千利久(1522〜1591)の登場により現在の”茶道”が確立されたのです。



緑茶の歩みは解ったけれど、そしたら、「紅茶」は何時から、どこから、「紅茶」として、名乗る様になったのですか??

中国では唐、宗、の時代までは緑茶を固めて、その固まりを砕いて飲んでいたのですが、明の時代にはいり、お茶は固められず、いわゆる、現在のような 茶葉になりました。


その頃、中国ではヨーロッパとの貿易もさかんになり、遠くへ 運ぶ為、緑茶より保存も長く、香りも落ちにくいお茶の製法が考えられ ました。そうです・・・・ここで「紅茶」が誕生したのです。
ちなみに、最初、ヨーロッパにお茶が登場したのは、緑茶です。
しかし、ヨーロッパの市場が、だんだん紅茶嗜好になり、中国もこれ以来紅茶の生産にのりだしたのです。



さあ、これで、紅茶緑茶のご先祖様は一緒だと、お解りいただけたと思います。
2千年に及ぶ歴史を持っている、喫茶の風、何気なく飲んでいるお茶ですが 面白いと思いませんか??



ポット"Surrey's tea "では、お茶の発祥地中国からヨーロッパ、そしてイギリスに渡った"紅茶物語"も用意しています。
もっと興味のある方、扉をたたいてみてください。

 
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