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「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えてすずしかりけり]
・・・・・道元禅師

(春)


[ひな祭り」
・・・桃の節句ともいう。昔、形代(かたしろ)を作り、おはらいをした事が ひな祭りとなり、宮中&貴族の遊びとなった。
室町時代より雛人形をつくる様になり、江戸時代より女児を持つ家庭では雛人形を飾り、健康を願った。

* 釣り釜を使い、桃の花を飾り、蛤の香合を取り合わせた茶会も楽しそう。蛤は古来、女子の貞節にちなみ、炉、風炉共に用いられる。(炉の季節は椿の葉を敷き、その上練り香をのせて使用)


[利休忌」
・・・1591年2月28日、利休居士が秀吉から死を賜り70歳で自刃。利休居士画像の前に 菜の花を飾り、多くの茶人がその遺徳を偲びます。

*菜の花は自刃の時、活けられていたという伝えがあり、利休忌までは茶席に用いない事になっている。


[建仁寺四頭茶会」
・・・4月20日、古式にのっとった禅宗式の茶会。


[初風炉」
・・・5月の風炉に始まった当座をいう。

*炉をふさいで1年がおくられ、5月より10月までが風炉の季節となる。


[端午」
・・・5月5日、菖蒲の節句ともいう、男児の節句。菖蒲は邪気怨霊を祓い、火災を防ぐといわれる。又、この日菖蒲の葉を風呂にいれて入ると邪気を払い、心身を清める事ができるといわれる。


[珠光忌」
・・・5月15日、村田珠光の法要と茶会。



(夏)


[栄西忌」
・・・  6月5日 京都、建仁寺の開祖、栄西禅師 75歳で入寂。裏千家により献茶式が行われる。

「織部忌」
・・・ 6月11日.織田信長、豊臣秀吉に仕える。後、徳川秀忠の茶道指南役になり、織部焼を大成する。73歳で自刃。

「夏至」
・・・ 6月22日頃、1年中で最も昼が長い日。夏の真中。

「水無月」
・・・”水無月の祓い”の日、6月30日に食べるお菓子。 三角形は氷、小豆は悪魔払いをあらわしている。

「七夕」
・・・7月7日。牽牛、織女が天の川で年1度逢瀬をするという 伝説に基づく。日本へは奈良時代に伝わり、願い事を書いた短冊を笹につるす様になり江戸時代より盛んになる。

" 七夕の趣向の茶会”、、、、、玄々 斎考案、梶の葉を水差しの蓋として使用した”葉蓋”の扱いがある。梶の葉を 使用したのは、梶の葉には願い事が書けるから。その他、蓮、蕗、桐等が用いられる。

「祇園まつり」
・・・日本三代祭りの一つ、京都八坂神社の祭礼。 昔、疫病がはやり、それを鎮める為におこなわれた祭り。 15日、、、曳初め  14日〜16日、、、宵山  17日、、、山鉾巡行。

「五山送り火」
・・・8月16日、精霊が無事,冥土に戻れる様にとの 祈りがこめられた行事。大文字、妙法、左大文字、舟形、鳥居形に灯が点る。




(秋)


[中秋の名月」
・・・中国では仲秋節として祝う。京都植物園では「夜來香 (いえらいしゃん)」が宵闇にすずやかな香を放っていた。

[秋分」
・・・9月22、23日頃。昼夜の長さがおなじでこの日より 夜の方が長くなる。

[風炉の名残」
・・・10月を茶家では名残月として侘びた風情の茶会が模様される。この時期には火の気が恋しくなり、亭主は客の方に風炉を近づける「風炉中置」の手前でもてなす。

[宇治の茶祭」
・・・10月、第一日曜日、栄西禅師、明恵上人、利休を顕彰(けんしょう)をする為宇治の名水で献茶式を行い法要をいとなむ。

[寒露」
・・・10月7,8日頃、露むすんで霜とならんとするので寒露という。

[霜降」
・・・10月23日頃、露結んで霜となるので霜降といわれる。


(冬)


茶家では11月に入ると 風炉から炉の季節に移り変わり、道具組みも茶室のしつらえも 変わります。


[開炉」
・・・普通は1日、3日(文化の日)、あるいは立冬の日を選んでもよい。利久居士は”柚子の色づくを見て囲炉裡”と伝えている。

[ 口切」
・・・茶家で最も重要視する茶事。 茶壷を所持する茶人は、その年の新茶が採れる前に茶師に預けておき、濃茶と葉茶を詰めた茶壷が茶師よりかえると、その口の封印を切って、当年初の濃茶を点てます。茶人のお正月でもあります。

* 宇治、上林三入家も江戸時代、将軍家に納める茶壷道中をし、資料館にはその時の茶壷が 展示されている。又、説明によると、当主は”刀”をさし、お茶がおいしく ないと切腹沙汰との事で、いかに良質のお茶を献上する事が重要であったか 想いはせられる。

*  11月19日、宗旦忌の日、宇治上林春松家より古式どうりに茶壷道中により その年の新茶が裏千家に届けられます。

*  26日は京都北野天満宮で京都の茶師が茶壷を奉献する、お茶壷奉献祭があります。

[亥の子餅」
・・・餅を食べて、無病息災、子孫繁栄のまじないとする中国の俗言に はじまり、わが国でも平安時代以来、朝廷で猪子形に作った餅を食べ、それが 武家、民間にひろまり、茶家ではその日を炉開きとして、”亥の子餅”を菓子として、釜をかけます。

亥の子餅





炉開き用に作った亥の子餅です。
おいしかったです。







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