ソット・ヴォーチェ



楽屋の話あれこれA
〈序の口〉

@の方でも触れましたが、最近の楽屋はカセットテ−プやMDをイヤホンで聴いている人が多いので、それぞれ自分の世界です。気になるのは、聴くことに夢中で共演者に挨拶をしないことです。昔は...こういう表現をするようになると“私もうるさいオバサンになったのかな?”と思いますが..。楽屋を共有する場合、共演者同士が挨拶を交わすのは当然でした!イヤホンで演奏を聴いていたとしても、誰かが部屋に入る気配が分からないのは変です!(そんな鈍感な神経なら、音楽をやって欲しくないワ!)
とにかく、「こんにちは」でも「おはようございます」でも言って欲しいものです。おまけに「よろしくお願いします」を付けるくらい...社会人なら「普通」にやっていることです。こんな人たちが居るので、音楽家は「普通じゃ無い」って言われるので私は大いに迷惑をしています!とにかく“音楽だけやっていればいい〜”お嬢さん芸が増えました。豊かな時代の産物かもしれません。師や親の顔が見たい!..と思う人間が見られるのも“楽屋”ならではです!

〈楽器のケ−ス.何とかならないものでしょうか?〉

声楽やピアノの場合、楽器を持ち込んでいませんが、ヴァイオリンやフル−ト等の演奏家と共演する場合..。あの人たちは、楽器を出した後のケ−スを、どうして皆で使うテ−ブルの上に置いておくのでしょう?軽食をとったり、譜面を広げたりするテ−ブルの上に、黒くどっしりしたあのケ−スがあるのは気になります。いつかは鏡台の前に置きっぱなしで、平然としている人もいました。個人個人に鏡台が無く、皆で譲り合って使わなければいけない状況の楽屋で、そうなのですよ!「あなただけの楽屋じゃないので、共有のところには荷物を置かないで下さいね」とまた、私が言う羽目に...。
「うっかりしていてごめんなさい」..と言ってくれると救われますが、大体がブスッとした態度が多く、注意した方が悪いような雰囲気が漂うことが多いのです。
「楽器を出した後のケ−スは、人の迷惑にならないような所におきましょうね」..なんて、幼稚園生みたいなこと..一体、誰が教えることなのでしょうか?

〈日比谷公会堂.ファスナ−事件〉

オ−ケストラと共演するコンサ−トの時でした。歌い手が多いこのフェスティバルは皆、個性派揃い...。うわべはニコニコしていても、ソリスト同士の心の中では火花が散っています。その夜のトリで、特に女王様のように振る舞う人がいました。他は一応、和気あいあいと挨拶し、世間話をし、ドレスを着用する際、手伝い合ったりしていました。
一人が「今日の記念に、出演者で写真を撮りません?」と言いました。皆、賛成し楽屋内に並びました。女王様だけ中に入らず、お化粧をしています。聞こえなかったのかも..と思い、彼女に向かい「中に入りませんか!」と言ったところ「結構です」と冷たく答えるではありませんか!みな、顔を見合わせて、「イヤ−ねぇ」という表情をしました。それから後も「結構です」の連続でした。皆は呆れてもう自分のことに熱中していたのですが、人の良さそうなアルトの方が、出演者用に準備してあったお茶を入れ、配り始めました。そんな時、せっかくの好意ですから、一応頂くでしょう?!みな「ありがとう」と言い受け取りました。(私もリポビタンDを飲むところでしたが、頂きましたよ!)それが、その女王様はまた「結構です」と断るんです!流石に、不快な空気があふれました。みな、「許せない!」と思ったはずです。本番が始まり、私たちは、次々ステ−ジへ向かいました。そして、暗黙のうちに演奏後、その楽屋へ帰らず、他の空き部屋で時間をつぶしました。皆と打ち解けようとしなかった彼女は、困ったことになりました...ステ−ジ衣装に着替えたとき、後ろのファスナ−を手伝ってくれる人が誰も居なくなったからです!( ゼッタイ、自分でファスナ−を上げられない体格の人でした。)ここには「女王様」と書きましたが、あの日のメンバ−は今でも「結構です.のオバサン」と呼んでいます。近年、私もトリを務めることが多くなりましたが、ファスナ−やボタン掛け等を手伝ってもらえないと困るので、同室の人達とは仲良くしたいと思っています。
その後、女王様のファスナ−がどうなったのか?..心配な方のために..。
楽屋に備え付けの電話で「誰か来て下さい!」とあわてた声で事務局へ連絡して居たと言うことです。それにしても、あの日の暗黙の団結は凄いものでした..。

    “ 実るほど 頭の下がる 稲穂かな”  肝に銘じよう!

〈他人の化粧道具をあてにする、今どきの演奏家?〉

「あなたね、口紅くらい塗らないと失礼よ。顔を洗わず人前に出るのと同じようなものです!舞台に立つ人なら..」
これは、音大時代の師がレッスンの時、上級生に言っていた言葉です。
その頃、レッスン室には3人くらいずつ入っていましたので、前の2人が聞けるのです。ここで私は、色々なことを学びました。自分の時間では、歌のことで精一杯でしたが、他人のレッスンは冷静に聞くことができました。「口紅」のことには驚きましたが、成る程と思いました。おかげで私が4年生になった頃は、先生のお気に入りの「レディ」を演じることができるようになっていました。役者や噺家など、師匠や先輩から“芸を盗む”と言いますが、そういうことだったと思っています。直接、師から言われる前に、上級生のレッスンを見てステ−ジマナ−等を盗んだのです。最近、このような教授は居なくなりました。良き時代の最後、ぎりぎりのところに学んでいた私は幸せでした。

演奏以外のことを師から学んでいないとしても、その気になれば楽屋で先輩たちを見て、色々吸収することもできるはずです。現に「お化粧が嫌ならそれでもいいのよ。身だしなみを整えニコニコするだけで、若いときは美しいんだから..。もちろん良い演奏をするのよ!」...と語る先輩の言葉を聞いたことを覚えています。
最近のコたちは“その気”になってくれないのが残念です。イタリアでレッスンを受けた頃は、レッスン室に入った途端「今日の洋服と口紅の色がよく合っていていいですね!」と言われたりしました。日常のセンスが音楽にも表れる..というのです。ほめてもらえなかった日のレッスンは、心が重く歌も上手く歌えないのです。それからというもの、私は常に、出掛ける時はカラ−コ−ディネイトを考えるようになりました。
 ある日の楽屋..。若手の演奏家が、深紅のドレスを着ていました。口紅がピンクだったので「口紅をドレスの色と揃えた方がいいわよ。強烈な色のドレスに顔が負けたらもったいないから..」とアドバイスしました。すると「私って、ふだん口紅なんかしないじゃないですか..」と始まりました。(最近のこの言い回しが嫌いなのです!「アンタの普段のこと、私は知りませんよ!今日初めて会ったんだから!!」と怒鳴りたいのをグッと堪え、最後まで聞いてやりました)「...このピンクは今、伴奏者から借りたんです。すいません。赤とか持ってます?」(「とか」は要らないの!「赤の口紅ありますか?」と言って欲しいのです!)本番前にド−ッと疲れました...もう音楽も、口紅もどうでもいいから、知的な話し方をして欲しいと願った夜でした。自分の弟子なら、これまで学んだものを伝え、厳しくしていきたいと思いますが、初めて会ったこのレベルの人間には、話すだけ無駄と思いました。でも、どうしてもこれだけは言わなくては!と思ったこと..「口紅は直接、唇に触れるものなので、むやみに貸して下さいと言うべきではないのよ。それに、ヘア−ブラシも..これは、貸したくない人を意地悪と思ってはいけないと思う..」(彼女が伴奏者に「ヘア−ブラシとか持ってないよね?」と回りくどい言い方をしているのも私にはしっかりと聞こえていました!)
はっきりと言われた彼女..取り得が一つありました(?)ニコニコしていました!

☆「楽屋の話あれこれ」...些細なことと思う方もいるでしょう。同情してくれる方も いるでしょう。新人類(この言葉も古いのでしょうか?)から見れば「意地悪ばあさん 」かもしれません。
尊敬する師、Y先生がおっしゃった言葉です。「音楽家以前に常識人でありなさい。音楽をとったら何もない..それは天才にあてはめる言葉であって、大部分の人間は天才ではありません。“あなた達の音楽”なんて取られたからって惜しくもない代物でしょう?普通から出発し、己を磨いていく人は、私についていらっしゃい..」
震える思いで聞きました。まず自分が「普通」であるのか?..弟子にして頂けるのか?不安だった日..昨日のように思い出されます!     

    

 日比谷公会堂楽屋                   サントリーホールロビーにて